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ザ・ワールド!

  • 2018年7月24日
  • 読了時間: 2分

半ば放心状態のまま出てきて

トレドの市庁舎を回って

「免罪の門」

カテドラルの正門は「免罪の門」と言って普段開くことは無く、現在は大司教か各国の元首を迎え入れる時にだけ開かれるみたい。なぜ免罪の門なのかというと、かつてはこの扉を通って懺悔をすると背負った罪が許されたんですな。ただ問題はその後に「それ相応の償い」をする必要があり、当然最後は金銭になってきました

これがいわゆる免罪符の発行ですね

教会の権威は罪でさえお金で買えるようになり、結果キリスト教の分裂を産んでプロテスタントに至るわけですが、教会ってのがどれだけ強大だったのかを物語ってますな

時間もそうないので

どんどん歩いてみる

案外住めなくもない

帰ってきた

再びバスでマドリードへ

グラシアストレド

先史時代からローマ人がいて、ゲルマン民族が来て西ゴート王国になり、560年にはイベリア半島の首都になり、711年にはアラブ人がきてイスラムになり、1085年にはレコンキスタでカトリックが取り返すという激動の地トレド

スペイン王国ができたのち、1561年にフェリペ2世がマドリードに宮廷を移すとマドリードに首都が移ったため、トレドはその役割を終え緩やかに衰退しました

今もその時のまま時間が止まってるような街でして、現にエル・グレコが昔描いてたトレドの街並みは今とほぼ一緒でした

半日ツアーだったのであっと言う間に終わってしまったんですが、ここは必ずもう一度来ようと思いました

まあ逆に言うと観光なら半日でもできるのでマドリードに行った方はぜひとも迷わずトレドへ行け!ですな

次はようやく最終のマドリード

現在のザッツスペインをのんびり楽しんで帰ります

ではではチャオ

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